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精神疾患における「社会的治癒」が認められる要件とは?

2022.02.16

今日のテーマは「社会的治癒」です。このテーマについては、2020年5月19日のブログで簡単に触れていますが、今回は、もうちょっと深堀してみようかと思います。

社会的治癒」とは、「症状が安定して特段の療養の必要がなく、長期的に自覚症状や他覚症状に異常が見られず、普通に生活や就労ができている期間がある場合」(『障害年金の知識と請求手続きハンドブック(日本法令)』より引用)とされています。

うつ病や統合失調症などの精神疾患の場合はどうでしょうか? 東京地判平成19年4月12日の判例を紹介します。
統合失調症の女性の請求で、社会的治癒が認められなかった事例になります。以下、その引用です。

「社会的治癒という概念は、たとえ医学的に治癒したと言えない場合であっても、社会保険の趣旨目的に照らし治癒とみてよい場合があるとの観点から設けられたものであるから、医学的治癒よりもより緩やかに認めることができるものというべきである。その場合、一般的な社会生活を送ることができる状態にあるかという観点がまず問題になるが、他方で先発傷病と後発傷病の同一性等、傷病の評価をする際の基準となるものであるから、医学的観点からの検討が重要であることもいうまでもない。したがって、社会的治癒の判断、すなわち、『医療を行う必要がなくなって社会復帰している』と言えるか否かの判断は、一般的な社会生活、日常生活が送れるか否か、就労が可能か否か、就労している場合その状況は、一般の労働者と同等のものといえるか否かといった事情に加え、傷病の内容、病状、先発傷病の終診から後発傷病発症までの期間といった医学的事項も考慮し、総合的な見地から社会通念に従って行うべきである。」としています。

この判例の女性の場合、社会的な治癒が認められなかった理由として、
(1) この期間が3年間と、比較的短期間である。
(2) この期間、確かに就労(スーパーでの終日勤務)しているが、その状況が明確でない。
(3) 家庭生活では、夫や子も家事をしており、本人の負担は重くない。
(4)この間、薬物治療を継続しており、それにより寛解状態を維持していた。

が挙げられると思います。従って、単純に就労していたから社会的治癒が認められえるかといえば、どうもそうでもなさそうです。

次に、平成15年(厚)第47号 平成16年7月30日裁決の内容を見ていきます。
この事例も統合失調症で、社会的治癒が認められた事例になります。以下引用です。

「ところで、社会保険の運用上、過去の傷病が治癒した後再び悪化した場合には、再発として過去の傷病とは別傷病とし、治癒が認められない場合には、継続として過去の傷病と同一傷病として取り扱われるが、医学的に治癒していないと認められえる場合であっても、軽快と再度の悪化との間に外見上治癒していると認められるような状態が一定期間継続した場合は、いわゆる社会的治癒があったものとして、再発として取り扱われるものとされている。
医学的知見によれば、理想的な『疾病の治癒』は、現状の完全回復であって、『治癒操作すなわち薬物の持続的服薬、日常生活の制限、補助具の装用などを行わなくても生体の機能が正常に営まれ、かつ病気の再発が予測されない状態』と定義することができるが、大部分の精神障害を含めて、慢性の疾患では、上記の理想的治癒像はなかなか得られないところ、多くの精神障害については、『日常生活にあまり障害を与えない治療を続けて受けていれば、生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態』が『社会的治癒』であると解されている。———-(中略)———–

昭和61年9月に退院後、月1回程度の通院をしているが、その間にHPD(ハロペリドール:抗精神病薬)及びCP(クロールプロマジン:精神神経剤)を処方されているが、平成4年までには、かなり減量され又は中止されている。医師によれば、請求人の病状が寛解状態にあったことを認めている。(筆者まとめ)

——–(略)———-  以上みてきたように、請求人への投薬量が、遅くとも昭和62年12月から平成8年2月までの期間(以下「当該期間」という。)について、通常使用量の下限又は下限に近い水準で維持されており、『生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態』にあったと認められることから、請求人は、当時、精神医学的に『社会的治癒』に該当する状態にあったと判断できる

次に請求人の就労状況であるが、請求人の職務は〇〇であり、請求人の勤務時間は18時間実働の夜勤を含む変形時間労働制であって健常人にとっても決して緩やかな労働条件ではない。請求人は、その職務を昭和62年12月から平成8年2月の再発初診日まで8年以上にわたって継続しており、—(略)—- 請求人は、当該期間について厚生年金保険の被保険者として健常者と変わりのない社会生活を送っていたと判断するのが相当である。」

「以上を総合的にみてみると、遅くとも当該期間については、当該傷病にかかる薬物治療の内容・経過から『精神医学的社会的治癒』の期間が認められ、これに請求人の就労状況をも勘案すると、保険制度運用上『社会的治癒』と認めるべき状況が存在したものというべきである。」

この裁決において、社会的治癒が認められた理由について考えてみると、
(1) 当該期間が8年間と長く、また投薬治療の量が下限になってから概ね4年程度の期間がある。
(2)当該期間において、就労状況が明確で、健常者と同等以上に勤務している。
(3)当該期間において、投薬治療はあるが、下限量に近く、「生体の機能が正常に保持され
悪化の可能性が予測されない状態」と評価できる。

が挙げられるでしょう。もう一つの裁決例を見てみます。

平成26年(厚)第892号 平成27年9月30日裁決

この裁決は、うつ病で、投薬治療中であっても社会的治癒が認められた事例になります。

「—(中略)—— B医師は、抗うつ薬の処方を中止した後の受診期間について、予防的な意味での抗うつ剤を必要としていない状態であったこと、当該受診は、維持的、経過観察的なものであったことを回答しており、さらに請求人は、平成〇年〇月〇日に厚生年金保険の被保険者資格を取得し、平成〇年〇月〇日の資格喪失まで、継続してその資格を維持しており、相当程度の給与及び賞与を受けていたことが認められる。

なお、社会保険の運用上、傷病が医学的には治癒に至っていない場合でも、予防的医療を除き、その傷病について医療を行う必要はなくなり、相当の期間、通常の勤務に服している場合には、『社会的治癒』を認め、治癒と同様に扱い、再度新たな傷病を発病したものとして取り扱うことが許されるものとされており、当審査会もこれを是認しているところ、本件について見てみると、請求人は、平成〇年〇月〇日にBクリニックを受診し、当該傷病と診断され、抗うつ剤の処方を受けたが、B医師は、経過が良好であったことから予防的な意味においても抗うつ剤の処方は必要ないと判断し、平成〇年〇月〇日に抗うつ剤の処方を終了し、その後も断続的に維持的経過観察的な受診をしていたものの、請求人は、平成〇年〇月〇日に厚生年金保険の被保険者資格を取得して主に〇国での海外勤務に従事し、同資格を喪失した平成〇年〇月〇日まで相当程度の給与と賞与を受けていたことが認められるから、平成〇年〇月〇日を初診日とする『うつ病』については、社会的治癒を認め、当該初診日は、e病院を受診した平成〇年〇月〇日と認めることが相当である。(以下略)」

上記の裁決事例で、投薬中にもかかわらず、社会的治癒が認められた理由を考えると、
(1)当該期間が10年以上と長期間である。
(2)就労状況は、国内勤務よりストレスが大きい海外勤務をこなしており
相当程度の給与と賞与を受けていた。
(3)投薬は、抗不安薬と睡眠剤であり、抗うつ薬ではない。
(4)精神科の受診は、維持的、経過観察的なものであった。

ということが推察されます。

以上、まとめると、精神疾患において、社会的治癒が認められる要件としては、

A.  当該期間は、概ね5年程度は必要。但し、条件によっては、3年でも認められた事例あり。
B.  当該期間中の就労状況、日常生活状況は、健常者と同等以上であること。
C.  当該期間中は、通院や投薬がないことがベスト。但し通院や投薬治療があっても
「生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態」であること。

という結論となりました。
参考にしていただければ幸いです。

 

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